暮らしと移動 一 移動エアアジアの追加料金1万4千円が嫌で、スーツケースを捨てて帰国した
2026年3月9日、月曜日。タクシーがクアラルンプール国際空港の第2ターミナルに着いたのは、12時50分だった。ボストンバッグとリュックサックの2つだけを提げていて、預けるはずだったスーツケースは無い。

01銀色の枠の下に黒い台が敷いてあって、載せた鞄の重さがそこで決まる。柱には7と14の数字が上下に並び、その下に足りない分を買い足す案内が刷ってある。
空港へ向かう直前、ホテルの部屋でスマホからエアアジアの規定を確認していた。航空券を買った時点で、預け入れ手荷物の枠は0キロで組んであった。今からスーツケースを追加で預けると、1万4千円かかることが分かった。
普段なら迷わず払う額である。日本で誰かと夕食を食べに行けば、いつもこのくらい払っていた。この便の運賃は3万8千円で、鞄を1個預けるだけで、その4割近い額が上に乗る。
機内の水は300円、荷物を預ければ万単位の追加になる。安さにつられて買ったのに、結局は高い値段を払わされる。その仕組みにイラっとした。ここで払ったら、負けだと思った。
持ち込みの上限は7キロ。1グラムでも超えれば、カウンターでその場で同じ額を取られる。払うか、7キロにねじ込むか。空港に着いた時点で、もう時間は無かった。
5つ星ホテルの朝
この日の朝、私はクアラルンプールのホテルで、9時45分に目を覚ました。前夜は22時半にはベッドに入ったのに、途中で一度中途半端に覚醒していて、頭の芯がまだ重い。二度寝の沼に足を取られて、気づけばこの時間だった。「何やってるんだろ、私」。スマホでGeminiに今の心境を打ち込むと、返ってきたのは質の良い睡眠についての、どうでもいいアドバイスだった。
朝食会場では、スタッフがルームナンバーを聞くまでもなく、いつもの席へ案内した。この数日で、私の顔は覚えられていたらしい。部屋に戻ると、11時半までに送らないといけないメールが1本、まだ残っていた。ホテルのコーヒーを口に運ぶ。この一杯だけが、私を動かす起動スイッチだった。

02(イメージ)朝、部屋に戻ってから最初に手を伸ばすのは、たいていこの1杯だった。
帰りの便だけ、別のチケットで組んでいた
この数日、私はこのホテルで、広いリビングとキッチン、ドアマンの会釈がある暮らしを送っていた。移動は全部Grabのタクシーで、ドアからドアまで運ばれる。クアラルンプールに来たときはフルサービスキャリアのJALで、7万円近くかかっていた。帰りの便だけはエアアジアで別に取っていて、往路の半額近い、3万8千円の券だった。
この便を買った時点で、預け入れ手荷物の枠は0キロだった。荷物を預けるなら、その場で別料金を買い足す仕組みで、何も追加しなければ支払いは0円のままだった。券を買ったのは1ヶ月以上前で、そのときの自分がどれだけの荷物を持って帰るつもりだったのかは、もう覚えていない。空港へ向かう直前まで、私はその仕組みを一度も確認していなかった。
上限は、7キロだった
エアアジアが手荷物として持ち込みを認めているのは、合計7キロまでだった。目の前にあるのは、気に入っていたワンピース5着、水着、ジム用の服、そして仕事道具のMacBookと、なぜか手元にある4台のスマホ、充電器5個。荷物は、来たときよりも増えている。
PCとスマホだけで、2キロ近くある。残りは5キロ。1万4千円を払うか、この5キロの中に全部を押し込むか。どちらかしかなかった。
格安運賃をウリにしながら、オプションを高く設定して儲けている。儲け方は、ビールだけ安くしてフードは高い居酒屋と、全く同じだった。
スマホでGeminiに「7キロ以内に収めるコツ」を打ち込む。返ってきたのは、服をロール状に巻くという、これもまた大して役に立たないアドバイスだった。知りたいのは、そういう小手先の工夫ではなかった。
「いつか着るかも」「もったいない」。そんな感情には、もう1グラムの価値も無かった。むしろその重さが、この場所での動きを鈍らせる。目の前の荷物と、自分の身体を見比べて、私は究極の回避方法を思いついた。
私は、スーツケースそのものを手放す側を選んだ。手荷物を少なくする方法を探すのではなく、預ける荷物そのものを無くす。7キロという上限はそのままにして、スーツケースのほうを消すという発想だった。
スーツケースを、ホテルのゴミ箱に捨てた
クアラルンプールのホテルを出る前に、私は気に入っていた服を、次々とホテルの部屋のゴミ箱へ入れた。フットマッサージャーも、その場で処分した。スーツケース本体も、部屋に置いていくことにした。5つ星のホテルだったからか、コンシェルジュはそれを快く引き受けてくれた。
- 気に入っていた服を、次々とホテルのゴミ箱に捨てた
- フットマッサージャーを処分した
- スーツケース本体をホテルに置いていった
- パーカー2枚とカシミアのジャケット、コート、ダウンコートを重ね着した
- ポケットにスマホ4台、充電器5個、自撮り棒とPocket3を詰めた
残したのはボストンバッグとリュックサックの2つで、置いていく選択肢が最初から無かったのはMacBookだけだった。パンパンに膨らんだポケットを抱え、重いMacを持って、身一つでゲートへ向かった。
ポケットに入っているものは、荷物じゃない
この日の私は、身につけた物を1つも量られていない。ポケットに入っている物は、荷物ではなく私の一部だった。
空港のレストランに、客がいなかった
タクシーに乗って、12時50分にクアラルンプール国際空港の第2ターミナルへ着いた。LCC専用のこのターミナルは、通路がめちゃくちゃに混雑している。私はまずレストランに入って、チキンとコーヒーで2000円払った。通路の混雑が嘘のように、店の中には客がいない。

03青い縁の皿に、揚げた鶏が一本と白いご飯、割った卵と薄い煎餅が寄せてある。橙の取っ手の器に黒い汁が注がれ、卓の木目の上に皿と並んで置かれている。 値札 2000円
どうしてレストランには人がいないのに、通路にはあれだけいるのか。スマホでGeminiに聞くと、LCCに乗る人は1円でも出費を減らしたい人で、払える人はふつうフルサービスの便に乗る、と返ってきた。この数日、クアラルンプールでは中東料理にハマっていた。変なスパイスがなく、脂っこくもない味だった。この日のチキンは、それとは違う、空港の値段だけのチキンだった。
顔を上げると、通路にいる人がこちらを見ていた。真夏の東南アジアの空港で、私はダウンコートを着てチキンを食べている。チキン、見たことないのか。そう思いながら食べ終えた。1時間ほど、他に客のいないカフェで、この日のことをnoteに書いていた。
搭乗の直前、私はトイレでもう一度重ね着をした。パーカー2枚、カシミアのジャケット、コート、ダウンコート。合計6着。ダウンコートの中は、すでに異常な熱を帯びていた。
疲れた。バカすぎる。ため息と共に、本音が漏れる。
量りに乗ったのは、14.6ポンドだった
超過して捨て損になる、は起きなかった。量りに乗ったのは14.6ポンド、約6.6キロで、上限まで400グラム残っている。1万4千円は払っていない。
そのかわり、捨てた服とマッサージ機がいくらだったかを、私はもう思い出せない。JALのステータスも、2年かけて積み上げたプラチナのステータスも、この量りの前では何の役にも立たなかった。この日、数字を出したのは量りだけだった。
14時50分、クアラルンプールを離陸した。高度1万メートルまで上がると、狭い座席と、300円の水だけがある機内で、私は重ね着した服を1枚ずつ脱いでいった。所有から解放された身軽さが、少しずつ戻ってくる。

04窓の外は暗く、白い機体の尾に赤い丸が一つ浮かんでいる。ガラスの手前が明るいので、外の照明と手前の天井が同じ面に重なって見えた。
羽田に着いたのは、22時40分だった。行きは8時間かけて来たのに、帰りは6時間40分ほどで着いている。日本で仕事がある日に、都合のいい追い風だった。
捨てたワンピースとマッサージ機の値段は、もう思い出せないままでいい。7キロという上限は、荷物の重さだけでなく、手放せるかどうかも一緒に量っていた。
この先には、3月13日の仕事と、その翌日の引っ越しが待っている。荷物は減り、1万4千円も払わずに済んだ。次の予定に向かうときの足取りは、来たときよりずっと軽かった。



